文化財レスキューと材を残す解体
「古美術品、古い道具、民具があれば捨てないで、連絡ください」のチラシを受け連絡をいただいたお宅へ。
福岡から来てくれているボランティアの大谷さんと、EIKICHI PROJECTの榎本さんと一緒に訪問。
地震で被害の大きかった蔵を壊さなくてはいけないとのこと。
瓦が落ちて水が入っていて、ぐにゃりと傾いてしまっている蔵から、大事なものだけでも取り出そう、とさっそく中へ。
もうかなり被害もひどいのだろう・・・と思って入ってみると・・・
そこにはきちんとラベリングされ整理された、北前船や教育関連の資料がたくさん。
これは!と思い、さっそく、志賀町の文化財担当の方へ電話。お休みを返上して3名かけつけてくだいました。
お隣の輪島市門前地区同様、志賀町富来地域は、北前船の寄港地。
廻船問屋も多く、貴重な資料が眠っていました。
「この廻船問屋さんの資料は絶滅してると思い込んでいた!」「この棚、全部保管させてもらおう!」と目を輝かせて3人とも大興奮。
一方、わが「きのものおき小屋」メンバーは、その立派な建材、建具に大興奮。
すばらしい手の込んだ建具や、見たことないくらい太い梁。
これは絶対に瓦礫にしちゃいけない!
と熱をもって話していると、家主の娘さん(東京在住)も美術品や工芸品がお好きで、できれば建材も残して生かす解体をしたい、とおっしゃって、意気投合。
蔵のダメージが強く危険が伴う、重機が入れないなど問題は山積みだけど、どうにか材を残す解体をしてくれる方を探してあの立派な梁を救出せねば・・・。
ところで、町の文化財担当のみなさんはというと・・・
「全部保管したい!」という心意気はあったものの、町での保管場所が限られており、さらに文化財関連の専門職員の方は本当に少数。
いくら貴重だと大量に預かっても、その後の管理に負担が大きいというのも事実。
今回、一同大興奮でなんとか救出した駕籠(おばあさんが志賀町のお医者さんお宅からお嫁入りの際にのってきたもの)も、状態と保管場所などの兼ね合いから、町での所蔵は断念するという結果になってしまいました。
しばらくの問答のすえ、職員の方の、悔しげでやるせない顔が印象的でした。
「なんとか町で郷土資料館、つくりましょう!」
「提供してくださった貴重な資料を無駄にしないようにしましょう!」
と声をかけあって、解散しました。
今回の地震では、多くのものがなくなり失われましたが、それでも残っているものがあります。
汚れは損失ではありません。
逆に地震があったからこそ、日の目をみたものもあるんだなあ。
側から見たら、瓦礫やゴミに見えても、それはかつて誰かが手間と時間をかけてつくってきたもの、大切に使ってきたもの、育ててきたもの、誰かを思って守ってきたもの・・・だったりします。
EIKICHI PROJECTとして着物もゆずっていただき、「生かしてくれる人にもらってほしい」と快く手離してくださる。価値を理解しているからこその潔さに心底感謝と尊敬の念を抱く1日でした。