3ヶ月。おでんトラウマ
- tsurusawayuko
- 2024年4月1日
- 読了時間: 2分
まだ3ヶ月。もう3ヶ月。
能登もすっかり春の陽気になりました。
1月1日も、お正月にしてはあったかい日だったなあと思い出したりもします。
個人的な話ですが、先日おでんを作りました。
我が家では年末におでんを仕込み、おせちと一緒に食べるのがここ最近の定番。
今年は正月3日前から出汁を取って大根を切って煮込んで、味を染み込ませて。
「今年のおでん、おいしくない!?」
と話したのが、1月1日のお昼頃のことでした。
地震発生後も、「あのおでんおいしかったねえ」「食べたいねえ」なんて言いながら、腰をすえて料理をする時間がとれないまま。
先日、千葉からFutoメンバーが来た際に、久しぶりにしっかり料理をしようと、まずおでんを作ることになりました。題して「リベンジおでん」。
友人が到着する前日。先立って大根を仕込もうと、大根の切って皮をむいて面取りしてると、急に泣けてきました。
角の取れた大根。
地震後何もかもが散乱する台所で、おでんの大根を手づかみでゴミ袋に投げ入れる様子がフラッシュバックしたのでした。
普段、女性お一人のお宅に入る場合は特に、台所から片付けを手伝うように心がけます。
能登は2007年にも地震を経験していますが、何人かの方から、「割れた食器を片付けるこの行為が本当にやるせなくて」と聞いたのを思い出すからです。
2月にお片付けさせていただいた、元日以来、県外に避難しておられたというお宅では、お正月につくったおせちがそのまま床に散乱していました。
一つ一つ丁寧にまかれた昆布巻きを手づかみで片付けながら、お母さんは泣いていました。
今でも、私は、誰かの台所の片付けをする際、泣けてしまいます。
おでんを手づかみで処理したあの日を思い出すから。
好物のおでんだから泣けたとか、もったいない、とか、そういう感情じゃなくって。
現実を目の当たりにしたときに、リアルな絶望が目の前にあったから。
同じ家の中でも、家族それぞれ思いを寄せる場所があって、自分でも意識していないとき、不意に地震後のその場の情景があふれてくることがあります。
仮設住宅への入居も一部始まりました。
季節がうつろい、場所が変わり、人が入れ替わり、何かは前に進んでいるように見えますが、人の心は、波みたいなもの。
ゆったりと構えて、心地よい流れに浮かんでいたいと思います。
能登を、Futoをご支援してくださるみなさん、どうぞゆっくり長い目であたたかく見守ってください。